今日は頭痛の話ではありません。

 今日は私の恩師の話です。
 先日あるpartyでお会いしました。今でも年間4-5回はお会いするのですが、お会いするたびにいろいろ教えていただきます。

 先日も壇上に立たれて皆さんを前にして

 「最近は患者に様をつけたり、医療はサービス業だといってはばからなくなっている。
 私達の頃は患者をマテリアルと呼んでいた。マテリアルというけれど、決してモノ扱いしていたわけで はないし、患者に対しては誠心誠意尽くしてやってきた。今でもそのつもりである。
  
  今や研究は競争であると言われる。
 医学がここまで発達してきたのは研究のためではない。
 一人一人の医者が目の前にある患者を大事にして、定型例ではないものは症例報告という形で報告し、 そのような症例を積み重ねた結果として進歩してきた。
  
  どうぞ皆さん、目の前の患者さんを大事にして頑張ってください」


 という内容の話である。

 私の恩師は昭和20年代に大学を卒業された。
その後は臨床一筋でやられた臨床家だけに言葉に説得力があります。
昭和30年代は手術する患者さんと手術する日の早朝に別れの水杯をたむけて手術に行ったと聞きます。それだけ脳の手術は大変で死亡率が高かったわけです。でもそんな中でも一人一人を大切にしてやられてきたからこその言葉だと思います。

 マテリアルとは言っても誠心誠意がそこにあるわけです。

 患者様などと呼び合う非常におかしい世の中です。呼び方ではなく、心がそこにあるのかを問われているのです。

 私もいつも一人として同じ頭痛はいないと言っていますが、それぞれの特徴を把握しながら大事にして診療にあたりたいと気持ちを新たにいたしました。

 恩師は何歳になっても恩師です。