最近、このブログをしばらくお休みしていました。別に体調が悪いわけではなく、月末だったからでもないのですが、とにかく今日はお久しぶりです。

 今日は片頭痛の症状である「光過敏」と「音過敏」についてです。この2つの症状はいずれも片頭痛の診断基準になっている有名な症状です。

 最近いらっしゃった患者さんで「光過敏」と「音過敏」について興味深い話をしてくれた患者さんがいらっしゃいました。

 まず「光過敏」です。
 片頭痛の患者さんは直射日光の強いところにでてくると片頭痛が誘発されることがよく知られています。ですから、必ず日差しの強い日にはサングラスをつけることをお勧めしています。
 その患者さんは自宅の照明を全体的にさげられたということでした。やはり片頭痛がおこると普段はまぶしくない照明が非常に辛くなるので、これは非常にいいアイデアですよね。

 あと「音過敏」ですが、片頭痛発作中は音に対して非常に過敏になります。うちにいらっしゃた患者さんで片頭痛がおこったら必ず車の音響はすべてきるという患者さんがいらっしゃいました。少しでも音をかけると頭にガンガンと響いて頭痛がひどくなるということでした。小さいお子さんがいれば逃げ出したくなるでしょうが、それも実際はなかなかできません。難しい問題です。

 いずれも片頭痛の発作中に起こりやすい症状です。自分なりの対処法を見つけることが片頭痛との賢いお付き合いをする手段になります。

 今日は頭痛の話ではありません。

 今日は私の恩師の話です。
 先日あるpartyでお会いしました。今でも年間4-5回はお会いするのですが、お会いするたびにいろいろ教えていただきます。

 先日も壇上に立たれて皆さんを前にして

 「最近は患者に様をつけたり、医療はサービス業だといってはばからなくなっている。
 私達の頃は患者をマテリアルと呼んでいた。マテリアルというけれど、決してモノ扱いしていたわけで はないし、患者に対しては誠心誠意尽くしてやってきた。今でもそのつもりである。
  
  今や研究は競争であると言われる。
 医学がここまで発達してきたのは研究のためではない。
 一人一人の医者が目の前にある患者を大事にして、定型例ではないものは症例報告という形で報告し、 そのような症例を積み重ねた結果として進歩してきた。
  
  どうぞ皆さん、目の前の患者さんを大事にして頑張ってください」


 という内容の話である。

 私の恩師は昭和20年代に大学を卒業された。
その後は臨床一筋でやられた臨床家だけに言葉に説得力があります。
昭和30年代は手術する患者さんと手術する日の早朝に別れの水杯をたむけて手術に行ったと聞きます。それだけ脳の手術は大変で死亡率が高かったわけです。でもそんな中でも一人一人を大切にしてやられてきたからこその言葉だと思います。

 マテリアルとは言っても誠心誠意がそこにあるわけです。

 患者様などと呼び合う非常におかしい世の中です。呼び方ではなく、心がそこにあるのかを問われているのです。

 私もいつも一人として同じ頭痛はいないと言っていますが、それぞれの特徴を把握しながら大事にして診療にあたりたいと気持ちを新たにいたしました。

 恩師は何歳になっても恩師です。

 最近、いろんな患者さんの片頭痛の前兆の話を聞きます。

 以前も歴史上の有名人も片頭痛であったことを紹介しました。

 今日は芥川龍之介の片頭痛の前兆の話です。

 頭痛大学の間中先生からの受け売りなんですけど、芥川龍之介も片頭痛もちだと思われる一説をご紹介します。

 芥川龍之介「歯車」より

「視野のうちに妙なものを見つけて出した。絶えずまわっている半透明の歯車だった。歯車は次第に数を殖やし、半ば僕の視野を塞いでしまう。暫くの後には消えうせる代わりに今度は頭痛を感じはじめる。 それはいつものことだった。」

 という一文です。

 私の患者さんの中にもにたような現象を言われる患者さんもいます。

 ある人はスーパーのレジをうっている方で、急に目がキラキラしだして、レジの数字が見えなくなり頭を振って見える位置で頭を固定してレジ操作を行うそうです。

 これがいわゆる前兆を伴う古典的片頭痛なんでしょうね。

 前兆が開始して、片頭痛の発作までは20-30分で発作が開始するといわれています。

 皆さんの前兆はどんな前兆ですか?

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